【御祭神】白山比咩大神(菊理媛神と同じ)
【総本社】白山比咩神社
【御利益】五穀豊穣、縁結び、安産、除災、商売繁盛、試験、交通安全、開運招福
白山神社。今では純粋な神社として参拝していますが、その元にあるのは「白山信仰」という山岳宗教のようです。出羽三山などと同様、北陸にある白山を霊峰としているのですね。
その白山の権化として菊理媛神(白山比咩大神)が祀られています。
白山信仰と白山神社
各地の山岳宗教が現在では密教色を帯びたりしているように仏教徒の習合が強いものですが、白山信仰では、明治の廃仏毀釈の中で白山権現が廃社となり、修験の拠点であった三馬場も廃寺あるいは改組されています。この事で「白山」と言えば神社のイメージが定着したのではないでしょうか?
白山比咩大神と菊理媛神
さて、白山比咩大神ですが菊理媛神と同一とされています。菊理媛神とは?と言えば、実はかなり秘密めいていて、記紀の中では「是時、菊理媛神亦有白事。伊奘諾尊聞而善之。乃散去矣。」とだけ書かれています。これを読み下すと「このとき菊理媛神が申し上げられことがあった。伊奘諾尊はこれをお聞きになり、そして褒められた。その後、その場を去られた。」という感じですね。
ただ、この一文、周囲の状況はかなりのクライマックスなのです。実は、この直前、伊奘諾尊が死後の伊弉冉尊に会いに行き、その変わり果てた姿に恐れおののき黄泉平坂に逃げてきたところなのです。家族関係も何も説明されていない、突然現れた形なのです。それが白山神社の御祭神になるほどの働きと認められたのかは、この危機的状況を捌いたことと、その名にあるのではないでしょうか。
一旦は命の危険さえあった伊奘諾尊を救い伊弉冉尊との関係を取り持った「縁結びの神」と言う側面。また、説明もなく伊奘諾尊が納得する説明をするのですから、その妻、伊弉冉尊の和魂という見方。更には、神名の「ククリ」から伊奘諾尊・伊弉冉尊の中を取り持ったとか、糸を括る(くくる)事に関係したのでは?とも見られたりして、女性として産業に関わったと考えられています。
こういったことからでしょう、御利益はとても幅広で、大抵の事は御願いできる神様です。
ただ…菊理媛神が何故、白山比咩大神と呼ばれるようになったのか?何故、白山なのか?は…謎です。
神馬
白山比咩神社には「神馬舎」があります。多くの神社で厩舎をもち、馬を飼う光景はおなじみですが、こちらの神社では木造の馬が飾られています。逆に言えば、なんで馬の人形が?ということですが、この白山比咩大神は、この馬に乗って白山登山をするそうなのです。標高2,700mの火山へと神様を乗せて登っていく馬、並大抵の馬力では無いんでしょうね。
白山神社が広まったのは?
やはり山岳宗教、修験道としての白山信仰の影響が強かったのではないでしょうか?
中央との結びつきも強く、権威のあった熊野信仰は南北朝の時代に登山禁止などがあり、一旦、伝播の力を弱めます。この時、熊野の代わりに勢力を伸ばしたのが白山修験だと言われています。
また、江戸などでは穢多の親分…というより歌舞伎十八番でお馴染み「助六」のモデルになった矢野弾左衛門が厚く信仰したことに関係しているのではないかとも言われています。
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